コラム・エッセイ

忘れ去りたい過去だって、きっと財産になる

 芸能界に在籍していた当時の記憶と向き合うと、どうしてもシリアスになってしまう。

 そもそも「芸能界時代」というのは、私にとってまったく笑えない過去である。なにしろ十年もの長い間、業界に在籍していたにも関わらず、

 「楽しかった思い出」

 として振り返られるものが何一つ、無いのだから。

 いや、奥底に眠る記憶を辿れば、少しはあるのかもしれない。私と同じく大きな夢を純粋に追っていた仲間と酒を交わしながら熱く語り合った時間、苦労して作り上げた舞台が終わった後の感動・・・

 厳しく、長い、下積みの生活の中においても自分自身、

 「楽しい」

 と思えた瞬間は、幾つかあったのではないか。

 だが、芸能界から引退して十年以上が経過した今となっては、そのような記憶は脳裏に蘇ってこない。それはきっと、小さな幸せというものをあっという間に黒く塗りつぶしてしまうほどの圧倒的な屈辱、歯痒さ、悔しさがあるからだ。

 売れない俳優だった当時のこと思い出そうとすると、それなりに年齢を重ねた今でも自然と涙が出てくる。私にとっての芸能界時代の記憶とは、こういうものだ。そして、それは今後も変わらないだろう。

 ・・・それでいいと思っている。

 「中途半端な思い出によって、過去が美化されるよりは」

 あの十年間に対し、後悔なんてものは一つも無い。

 「あの時、こうしておけば」

 ってものを探してみれば、それはそれであるのだろうが、根本的には何も無い。強がりでもなんでもなく、充実した日々を過ごせたと感じている。

 何故、そのように思えるのだろうか。

 それは日々、精一杯悩み、葛藤し、それでも懸命に戦い続けてきたということを、自分自身でわかっているからだ。

 誰に笑われようが、指刺されようが、若かった自分は夢を信じて生きた。その時の経験は自分の中において揺るがない財産となっていると同時に、今を生き抜く私にとって、確固たる誇りの源でもある。

 あなたにもきっと「忘れ去りたい過去」が存在することだろう。

 悲しみ、裏切り、絶望・・・
 きっと、あるだろう。

 今はとてもまともに振り返ることなどできないかもしれない。
 でも、それでいい。
 無理矢理、美化する必要もない。

 あなたが日々、成長を求め、その内なる要求に沿って素直な生き方をしているのであれば・・・

 ふとした時に立ち止まり、そっと後ろを振り返ってみて欲しい。きっとあなたの脳裏に焼き付いていた風景は、がらっと変わって見えてくるはずだ。

 過去が変わったのではない。あなたが変わったのだ。

 無理に過去を美化するな。時が必ず解決する。

 ※「売れないタレント時代に学んだ サバイバル社会を生き抜くための心構え」より